奥羽本線@山形新幹線建設で消えた【紅(くれない)のシェルパ】。。。
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1990年(平2)3月の奥羽本線@板谷峠の光景&板谷峠からの諸々のお話しです。

 
【板谷峠だからこその短編成@客車列車!?】
1990年、 奥羽本線@福島-山形間で山形新幹線建設工事が始まります。
新在直通新幹線で運用される山形新幹線。既存の在来線を改軌して小っこい新幹線車両を走らせるためミニ新幹線とも呼ばれています。

改軌工事は1991年夏から始まります。そして電機による普通@客車列車は全廃されるとのコト。。。ん?平成の世まで客車運用が生き残っていた福島-米沢、、、ナゼなんでしょう?
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上野-(奥羽本線経由)-秋田を結んでいた【特急つばさ】は485系単独で運行されてましたし・・・福島地区では455系・715系など電車が活躍してるのに???
そのワケは福島-山形の県境に横たわる奥羽山脈越えにありました!
秋田・山形から首都圏への主要ルートとして建設された奥羽本線。
奥羽山脈越えの難所@板谷峠は国鉄幹線では信越本線@碓氷峠(66.7パーミル)に次ぐ最大勾配38パーミル。数値的には("´_ゝ`)フーンですが、平均33パーミルの勾配が22km続きます。その距離は碓氷峠の4倍!峠駅をサミットとした登り下りのまさに峠越え。さらに豪雪地帯!自然災害でルート変更!?など難儀てんこ盛りの厳しい自然環境でした。Σ( ̄ロ ̄|||) 
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それでも長編成の485系や455系・キハ58を使用した優等列車は単独で登り下りしてたので電機の出番はなさそうです・・・当時も現在も電車の出力的には登れない勾配では無いのでした。
が、最近『秋の落ち葉による空転で普通電車が登れない!』っという記事がありましたよね? 現在、普通列車は719系5000番台電車@2両編成(Mc+Tc)で運用しています。軽い近代電車@電動車1両なので空転が生じたのでした。485系時代のつばさは9両or6両編成・ミニ新幹線つばさは7両編成でどちらも電動車は4両以上!重量も両数も多いので登り下りのに支障がでなかったのでした。
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しかし、普通列車を考えてみると・・・山形・福島地区の都市間移動の需要は有りますが、福島-米沢@板谷峠自体の利用客は少なく2両程度で十分。それは現在にも通じる利用状況です。
そこで最小編成でも自重がモノ言う電機での客車編成で運用され続けたってワケでした。
ミニ新幹線開業以前では寝台列車などで電機の需要が残ってたので、電車化は改軌後でいいんじゃね?っとなったのかとw




【福島駅でウォーミングアップ♪】
1990年(平2) 3月18日に奥羽本線@板谷峠の紅のシェルパ堪能ツアーは福島駅からスタート!
当時の福島駅の顔ぶれはこんな国鉄型改造車で賑やかでした♪

《455系》
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クリーム10号に緑14号の帯を巻いた爽やかな仙台カラー。
前照灯が下部に移設されたスタイル共々オイラは結構好き♪
もとはこんな感じでした。
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ローズピンク@赤13号がオイラ的には暑っ苦しいっていうか活力を感じないというか(^^;


《715系1000番台》
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寝台特急電車で花形だった583系がローカル仕様に・・・っと嘆くのは昭和っ子w
上野口で育ったオイラはクハ581の機械室@MG車内搭載にアコガレてたので歓喜♪
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上野口の583系は機械室無しのクハ583ばかりでしたので(^^;

ちなみに715系1000番台は仙台地区の要望によるモノだったそぉで!?センダイだから1000ってダジャレかw)h-2a
715系1000番台の下り側は切妻の食パン顔!サハネ581改造のクハ715形1100番台。
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この荷物電車を思わせる顔つきがザ・国鉄!!って感じでしたネw




【さぁ!いざ板谷峠へ!! 】
オイラ的には紅の電機って全くの初対面!? ドキドキでした♪
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デッカイ電機に客車2両!コスパ悪っwそれが(・∀・)イイ!! 


奥羽山脈へ突!かつてスイッチバック駅だった赤岩駅。一足早く本線上にホーム仮設。
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当時の改軌工事の影迫り来る!って感じは赤岩駅だけでした。
その赤岩駅は利用客ゼロが続き、2016年以降は普通列車も通過!?
そして2021年3月一杯をもって廃駅となりまする・・・徒歩20分内に民家3軒ぢゃ~ねぇ~。。。


山形県に入り、スイッチバック駅の板谷駅へバックで進入!
豪雪地帯なだけあってポイント上にはでっかいスノーシェッド@雪囲いがあります。
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現在、板谷駅は画像前方の本線上にホームを設置しています。ソチラもでっかいスノーシェッドで覆われています。そして画像のスノーシェッドも現存していていますが、画像の列車の居る線はレールが剥がされ新ホームへの連絡道となっているよぉです。


普通列車@米沢行きは板谷峠をさらに登り続けサミットである峠駅へ!
峠駅へ到着すると『ちかぁら~も~ちぃ~』と立ち売りの掛け声が!?
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こんな山奥で立ち売り!? ウワサには聞いていたけどスゲーなぅ!

でもね・・・現在も続けてらっしゃるんですよ!

2021年で峠駅立ち売り120年!? ホント『継続はチカラもち』ですなぅ(^^♪


1990年3月の板谷峠ツアーは峠駅で折り返し。
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再び本線へバックで戻る普通列車@米沢行き。
機関士は後方確認。静かな深き山々に吊掛け駆動音を響かせるEF71。
そして普段なら紅の列車を見送ってる峠の力餅本店@アイドル犬♪
今日は得体のしれんオイラが気になっちゃったのかにゃ?Σ(=゚ω゚=;)

バック運転でスノーシェッド@右側に消えた米沢行き。。。
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数分後、シュノーシェッド内から再び吊掛け駆動音が響いてきます。。。
ココからは米沢方面へ下っていく一方の旅路。紅のシェルパ おつかれさま!




【甘さスッキリな力餅♪だけじゃない!】
折り返しの時間にお邪魔した【峠の力餅本店】♪
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残雪が物語る通り、、、寒さがこたえます(><
店内は暖かくホッコリ(*´∇`*)
『あったまるモノよろしくお願いします♪』のリクエストで出てきたモノは・・・
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湯気立つ【山菜入り雑煮餅】ウマー(☆゚∀゚) めっちゃ温まりました♪
このほかに大根おろし餅も頂きました。
皿に盛られた現地でしか味わえない杵つき餅!カラ味と食感に感激したモノですw(゚o゚)w 
『水が命!だからココでしか作れない餅なんだ!』そぉです♪
そぉいえば、力餅の掛け紙は現在とは違いますね~!? また来訪してみたいっす。




【板谷峠対策で生まれた機関車】
実はこの板谷峠は特徴ある機関車の開発のキッカケとなっていました。
蒸機時代、動輪5軸の4110形が使用されていました。第二次大戦後、GHQにより電化工事一時中止命令を受けた板谷峠!4110形の老朽化は深刻な状態!?そこで戦時中設計されていた峠用蒸機を少数生産して電化までの場つなぎを模索するのでした!!!
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1948年(昭23)に生まれたのがE10タンク蒸機でした。
運転台は計器や逆転機を炭庫側に設置!デフレクター@除煙板は無し!! バック運転前提の峠仕様!!! 牽引力は4110形の1.5倍でしたが、期待ほどの性能は発揮できず。。。
一年後の1949年に板谷峠@直流電化が完成したことによりE10は北陸本線@倶利伽羅峠の補機に転身。運転席位置はそのままで前位方向に改造!右側運転席になっちゃいました。
急速に電化が進む中、峠専用の巨大タンク蒸機は使いどころも厳しく、また問題も多く、、、誕生からわずか16年で引退。
カッコいいのになぁ~(>< しか~し!現在は青梅鉄道公園に2号機が保存されていますよん♪


直流電化された板谷峠に就任したのがEF15貨物用電機。
しかし過酷な峠@下り坂でのブレーキ多用で摩擦熱による動輪の輪心@焼バメが緩むトラブルが多発!そこで1951年(昭26)に回生ブレーキを搭載し改番されたのがEF16の1-12号機 いわゆるEF16@福米形でした。
1965年まで活躍後、板谷峠仕様は撤去され改造前のEF15@新生時番号に戻されています。
(EF16 11,12号機はEF16@上越形に仕様変更されEF16のまま上越線で補機運用につきました)


そして1964年(昭39)板谷峠に新たな山男が爆誕!
板谷峠の平均33パーミルから中央本線などの勾配20パーミルをカバーする抑速発電ブレーキ搭載の新鋭直流電機として登場したのがEF64 0番台でした!
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青15号にクリーム1号の新型直流電機カラーはEF64からスタートしました!
アチラでビジュアル公開なぅw



1968年(昭43) 奥羽本線@交流電化切り替えで紅のシェルパ@EF71降臨♪
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紅の赤2号を纏う交流電機の中で最大の車両長18.5mを誇る立派な体躯のEF71♪
同時に開発されたED78は軸重制限のある仙山線・磐越西線に入線するため軸重可変機能付きの中間台車を持つD級電機に対し、ED78との重連運用で連続回生ブレーキの熱容量をカバーするF級電機がEF71でした。板谷峠専用機の意味合いが強いEF71は他線での需要は無く1991年に引退。
ED78は仙山線で貨物列車や臨時旅客列車を受け持ち、1998年@仙山線貨物列車廃止まで活躍。12、13号機が落ち葉払い運用で残りますが2000年に廃車され形式消滅しました。




【技術革新めざましかった交流電機】
新機軸の交流電化!その道のりで技術の革新・用途別にさまざまな形式が誕生しました。
交流電化聡明期では旧型電機もどきの車体のゲテモノちっくな試作機w
見た目には似た顔だった交流電機も車体長や中間台車・屋根上機器の違いなどなど・・・
今にして思えば楽し気なジャンルだったと後悔しきりです。
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そんな技術革新の伝道者として保存前提で宮城県@利府に集められた交流電機群。
その後、2002年に新幹線総合車両センター内で保存されたのですが・・・2019年に他に保存されていた蒸機ともども解体されてしまいました。。。
唯一、ED78 1号機は日立製作所水戸事所に里帰りを果たしたのがせめてもの救いでした。


以上、紅のシェルパと板谷峠ツアーからの諸々@よもやま話でした♪