2017年12月 近江鉄道が保有している古典電機の解体処分を発表!

2007年に彦根駅に隣接した【近江鉄道ミュージアム】が出来た♪
と聞いていたので近江の古典電機達は安泰っとタカをくくっていただけにショック(><

そもそもミュージアムの展示物を解体処分??? なんかおかしくない?
そこで遅まきながら【近江鉄道ミュージアム】の経緯を調べてみて なんか判ってきました。。。
このミュージアムは近江鉄道の本意では無いと・・・

《本当の近江鉄道ミュージアム》 
それは今から約20年前のアノ光景から想像できます。
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1998年11月の近江鉄道彦根駅構内のトワイライトゾーンへご招待いたしましょう。




それは中部地方の鉄道撮影旅行で近江鉄道を訪れた時の事です。
同行していた関係者の計らいで彦根駅構内にあった廃車両置き場を見学することができました。
近江鉄道@彦根駅東側の検修庫の隣に中規模のヤードがあり、そのヤード内は雑多な廃車両の
数々で埋め尽くされた魅惑のトワイライトゾーンでした。

以下、近江鉄道の画像は1998年(平10)の11月の光景です。



いきなり目に飛び込んできたのはコレです。度肝を抜かされました!!
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郵便・荷物電車のお出ましだ!!
私鉄に郵便車!?と思ったけど、近江鉄道だからこそ運行してたんだねぇ~
手前では踏切の遮断竿を青竹から制作中の近江鉄道職員のお姿にもド肝抜かれました(^^;


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1984年(昭59)1月末の鉄道郵便輸送廃止まで使われていたモユニ11。
車内にはちゃんとした郵便仕分け棚も設置してありました。
パンタ側がもとからの運転台、非パンタ側が後付け運転台。前後で別形式に見えるほどの違い様。。。




続いて
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武蔵野鉄道(のちの西武)デハ320形をルーツとした車体を載せたモハ9。
この近江鉄道の車籍歴ってのが業界では『謎』として有名です。
名義上の更新、逆に車体流用なのに新造扱などなど書類から履歴を辿ることが難解なのでした。
なんせ書類上では明治時代から続いている車両もあったぐらいです。
モハ9も元クハなのかモハなのか・・・そのパンタ台どぉした?ってぐらい張り出してるし、この時代
なら露出してるはずの母線や空気作用線も無いし。。。職人集団おそるべし(謎w





と思えば
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DL!? 古典電機を所有してるのは有名でしたがDLも持ってたのね!



さらに
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なんとロッド駆動式のDLまで持っていたとは!? 
もと小名浜臨港鉄道(現在の福島臨海鉄道)のDD451だそぉな。
近江鉄道多賀線の終点多賀大社前駅から分岐していたキリンビール滋賀工場への貨物輸送に
1974年(昭49)から1983年(昭58)まで使用されていました。
この時点で留置10年経過。。。なのに車籍アリ(除籍は2004年)






どっかで見たことあるよね このお方・・・
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イギリスはイングリッシュ・エレクトリック社製のED4001。いわゆるデッカー機といわれるヤツですなぁ。
近江鉄道には1973年(昭48)に入線。主にキリンビール便を担当してたそぉです。


そぉ~いえば、めっちゃ似てるアノお方が関東にいらっしゃいましたね~


西武鉄道の輸入機群の一角E41形とそっくりです。
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1990年(平2) JR貨物@新鶴見機関区にて
こちらは青梅鉄道(のちのJR青梅線)が1926年(大15)から輸入したデッカー機。
青梅鉄道1号機関車・2号機関車→鉄道省1010形→国鉄ED36→西武鉄道E41形という経歴です。
ちなみに画像のE44は西武鉄道を1987年(昭62)に引退後、JR貨物へ売却されました。
なぜJR貨物がビンテージ物を欲しがったのか?いまいち釈然としません(^^;


話を近江鉄道ED4001に戻します。
こちらの出生は東武鉄道が1928年(昭3)に輸入したものです。なんと東武鉄道のEL第一号だそぉです。
青梅鉄道が輸入したデッカー機をみて欲しがったのかな?
青梅@デッカー機よりスペックは上でしたが当時の東武@電力事情が貧弱だったらしく、
貨物ではなく臨時旅客・団体旅客列車を担当したそぉな(^^;

そんな同機は2009年(平21)に東武鉄道へ里帰りを果たします。
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東武鉄道時代のE101に復元され東武博物館へ所蔵されました。
ホイッスル位置やデッキ手すり・ステップなど原型に復元されています。






近江鉄道彦根駅構内トワイライトゾーンへ戻りましょう。
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モハ131形132F チューリップ電車。 
1950年(昭25)に西武鉄道から譲受された木造客車がルーツで、1961年(昭36)に鋼体化を実施。
走行機器は流用および追加することとし、台枠のみを使用した車体は自社@彦根工場で新製!! 
当時流行していた前面2枚窓の【湘南顔】を採用。この独特な角ばった湘南顔は『近江形』と呼ばれる
標準車体とされ、以降の車体新製による鋼体化改造車に踏襲されました。そんなエポックメーキングな
132Fは1983年(昭和58年)滋賀県の「さざ波きらめく近江路へ」のキャンペーンでチューリップ電車
の特別塗装を施され大変な人気を博しました。
1987年(昭62)全線ワンマン運転化の際に運用を離れました。そしてこの撮影時ですでに11年経過・・・
その後2004年までこの地をうろつき回ります。。。狭いヤードなので改造タネ車や改造済み車の留置・
解体車両の移動などの都合上、度々留置場所を変えてたそぉです。




電車や電機だけぢゃないぞ!
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LE10形レールバス 1986年(昭61)富士重工製。 となりは救援車代用のワ34形ワ35。
電力供給のコストを削減するため、閑散線区の貴生川~八日市で使用されたレールバス。
しかし通勤ラッシュ時には2両編成でないとさばききれなかったためコスト削減に至らず。。。
さらにレールバスなだけにバスの構造を応用した軽量車体ゆえに老朽化が早く1996年(平8)には引退。

ワ34形は1923年(大12)製の2軸貨車で、鋼体化の際に片側の妻面に確認マドを設けたよぅです。
ワ34には車体中央屋根上にガラベンが1個ちょこんと乗っかっていてカワイイっす。

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そのワの鋼体化以前の形態を維持していると思われる木造貨車。
その奥はモハユ10。冒頭のモハユ11の先代郵便・荷物電車です。
こんなモノまで取っておくなんて、これはもぉミュージアム構想があったと思わずにいられません!!





ヤードの隅には最新車両も押し込まれていました。
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タネ車@もと西武401系 と その改造車800系801F。
この800形は801Fが1993年(平5)に完成していました。が!?八日市線の車両限界に抵触!
1999年までの6年間、設備改良工事が終わるまで留置続けられました。。。



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改造上がりでまだ車番を受けていない800系。先頭部と連結面の面取りを自社工場で施工。






1998年当時、現役車両だった500系。
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1969年(昭44)から1983年(昭58)にかけて自社工場で6編成12両が製造されました。
晩年の16m車体にデカイ西武の台車@FS40がミスマッチですね~
自社工場@彦根工場の改造技術は驚異的で車体新造まで行える職人集団でした。
上記の800系のお面も彦根工場で付け替えられました。




1998年当時、現役車両だったモハ1形。
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モハ1形4F
1928年(昭3)近江鉄道全線電化時に投入した宇治川電気@中古車体流用のデハ1形が
ルーツで、1963年(昭38)に鋼体化した際にモハ1形になりました。
前述のエポックメーキング@132Fからの【近江形】の新製車体にデハ1形の走行機器を
流用していましたが、1980年代半ばに台車交換・ブレーキの制御変更・西武@赤電カラー
から近江@山吹色へ変更など行われました。
2001年(平13)10月、最後まで残った2F編成が運用離脱し【近江形】は過去帳入りになりました。




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近江鉄道の歴史には 
貨物輸送・自社工場で改造および車体新製・私鉄での郵便業務・レールバス運用
などなど大手私鉄もビクーリな事柄が数々ありました。。。

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ともなれば、古典電機などの『ビンテージだから』だけでは無く、近江鉄道自社工場で改造・新製
した【作品】の数々をいつの日か展示公開したい!という思いがあったことでしょう。。。

しかし彦根市による彦根駅東口の再開発事業が行われることにより、近江鉄道の秘宝が眠る
トワイライトゾーン@ヤードの整備が決まります。
2004年(平16)紹介してきた愛しきゲテモノ@秘宝達は解体処分となりました。

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そして2007年(平成19)あの愛くるしい【ひこにゃん】を産み落とした『国宝・彦根城築城400年祭』
キャンペーンの一環として【近江鉄道ミュージアム】が誕生したのでした。
開館日を見ていただければわかるかと思いますが、近江鉄道の本意が感じられません。
行政主導の再開発の代償のお情けで作られた客寄せひこにゃんって感がしませんか?

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それから10年後、2017年(平29)12月 古典電機の維持断念へとつながります。
しかし・・・事態はそれでは収まりそうになかったりします。。。
2017年12月21日 近江鉄道が「自社単独で維持困難」。自治体に協議求める
近江鉄道@ウィキでも載ってますが、いつの世もお金に困っていた近江鉄道・・・
熱意と技術力は有るのになんか悔しいです。。。

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近江鉄道の無念をどぉにかカタチに と勝手に想い約20年前のフォトプリントをスキャンして
お送りしてみました。。。


また 古典電機は説明抜きで掲載してみました。
現代の美しいデジタル画像がそこら中に飛び交っていますのソチラをご参照くださいまし。



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